認知症患者と向き合う家族
友人の義母は、認知症になってから1番上の小学2年生の子のことを認識できていませんでした。
「年長の子を1番上の子」と間違えており、「3歳の子を2番目の子」と認識しているのです。
認知症が事故によって急激に加速し、発症し始めた3年前の記憶に戻ってしまったらしいです。
1番上の子は、「おばあちゃんは病気だから覚えてなくても仕方ないよ!だから私がお世話してあげなきゃ!」と泣きそうな笑顔で言っていたそうです。
友人は毎日の仕事に加えて義母宅の掃除、面倒、子どもたちのフォロー、休日には付きっきりで看護をしたそうです。仕事を辞めることも考えていました。
義母宅へ寄ると鍵をかけずにいなくなっていることがあり、焦って探しに行くと友達とおしゃべりをしていたり普通に街中を歩いていることもあったらしいです。
そんな生活を長く続けることもできず、ついに介護施設への入居を決めました。
介護施設へ入居した義母は未だにこの3年間のことを思い出しません。
しかし、私の友達の日常は今まで通りになり、休日にはみんなで面会に行くといった生活になりました。
介護士さんからは、「病状は安定しており、施設内を徘徊することも少なくなりましたよ」と報告を受けているそうです。
一時期、見るからに痩せこけて本当に辛そうな友達でしたが、今はいつもどおりの笑顔で毎日を過ごしています。
介護施設がなかったら、彼女は仕事を辞め1日中義母に付き添い、徘徊をしないようひと時も目を離すことなく精神も肉体もすり減らす毎日を送ることになっていたでしょう。
それがどんなに大変なことか、介護をしたことのある人にしかわからないかもしれません。
友達は、介護施設があって本当によかったとため息まじりにつぶやいていました。
10年後・・・あなたにも訪れる未来かもしれません。
私は迷い人の放送を聴くとこの話を思い出します。
数年後には、私の親もこうなっているかもしれない。
実際に友達の話を聞き介護を身近に感じることができた私は、老人ホームなど福祉のお仕事の重要性を改めて認識し、調べてみました。すると、認知症をサポートする施設やリハビリを重視している施設などさまざまな施設があることがわかりました。介護に携わる職業も数多くあり、ニーズに対して職員数・施設数が追いついていない状況だということも知りました。(参考にしたサイト:http://fukushi-oshigoto.com)
介護や福祉業界がもっと充実していくことを願いながら、私も現実に向き合っていこうと思います。